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2025.10.31 14:00

「どうせもうアウトだからイチかバチか」大学中退、指の大怪我、恋人の裏切り…捨て鉢から始まった町工場社長の大逆転ストーリー


 大学中退、指の怪我、そして恋人の裏切り。捨て鉢な気持ちで継いだ父の町工場から、リングアンドリンク株式会社、金丸信一社長の経営者人生は始まりました。幾度もの倒産の危機を乗り越え、独自の技術力で業界を牽引する企業へと成長させた原動力とは何か。その波瀾万丈な道のりと未来を担う若者たちへのメッセージを伺います。


挫折から始まった経営者への道

 金丸社長のキャリアは、順風満帆とは程遠い場所からスタートしました。

「大学を中退して、働き始めたのは父親が1人でやっていた町工場だったんです」

 大学時代は空手に熱中。しかし、指が曲がらなくなるほどの大怪我を負ってしまいます。さらに恋人に裏切られるという不幸も重なり、「捨て鉢になっちゃって大学辞めちゃったんですよ」と当時を振り返ります。

 そうして、失意のなかで父親の会社へ。当初は、図面をもらって部品を加工し納める典型的な下請けの町工場。しかし、金丸社長は「それだけだと将来がないし、若かったんでもう何でもできると思っていたんで、『絶対、将来は設計するんだ』を決めていました」と野心を次第に抱くようになります。

 そのための資金を稼ぐべく懸命に働きましたが、親子2人の小さな会社に人は集まりません。ハローワークを通じてやってくるのは、給料日を過ぎるとすぐに来なくなったりするような人ばかり。採用の苦労は絶えなかったといいます。

2度の倒産の危機と事業転換

 やがて学校の後輩などが入社し、従業員が6名になった頃、大きな決断をします。当時の売上7700万円だったにもかかわらず、土地と工場で3億円、さらに設備投資で6000万円という、合計3億6000万円もの巨大な投資に踏み切ったのです。銀行の融資判断基準である月商倍率でいえば、実に60倍。無謀ともいえる挑戦でした。

「まだバブルだったんです。だから幸運にも融資は受けられましたが、工場が立った途端にバブルが崩壊。会社は一気に窮地になって、すぐに倒産してしまいそうな状況でした」。

 当時まだ20代後半だった金丸社長は、従業員を集めて「どうせもうアウトだからイチかバチかで設計製作に変わろう」と宣言します。

 部品加工からの完全な脱却でした。しかし、この大胆な事業転換が、会社を救う一手に。

「ちょうどその頃、世の中ではパソコンが普及し始め、機械をプログラムで動かす時代が到来していました。製造業の平均年齢が高い中、どこもやったことがないなら自分たちがやればいいと考え、知見のある人材をスカウトし、教えを請いながら、新たな活路を切り拓いていきました」

 この危機を乗り越えたことを機に新卒採用を開始。会社は設計製作の領域で着実に成長を遂げ、機械設計、電気設計、ソフトウェア、電子基板と事業範囲を拡大。売上は7億円にまで達しました。

 しかし、順調に見えた矢先、再び会社を危機が襲います。センサー開発の失敗とITバブルの崩壊が重なり、売上は4億円に激減、一方で借金は6億円に膨れ上がっていました。53人まで増えていた従業員を30人にまで減らすという苦渋のリストラを断行。会社は2度目の絶体絶命のピンチを迎えました。

爆発的に当たって、借金を全額返済

 多くの事業が頓挫する中、金丸社長は唯一コストのかからないアプリケーションソフトの開発だけは続けていました。それが、後に会社を救うことになる『アットドリーム』です。

「このソフトが爆発的に当たって、借金全額返済したんです」

『アットドリーム』の成功の裏には、製造業として培ってきた独自の技術基盤がありました。ソフトウェア開発には、プログラミング言語、Web技術、ネットワーク技術など複数の異なる専門知識が必要ですが、リングアンドリンクは工場の機械を動かすために、それらすべての技術者を社内に抱えていたのです。

「その技術が全部できる会社ってひとつもなかったんですよ」

 この独自性が市場で高く評価され、『アットドリーム』は3400社以上に導入される大ヒット商品となりました。現在、会社の売上のメインは工場ですが、広告宣伝の顔となっているのは『アットドリーム』です。精密製品の設計・生産という核を持ちながら、ソフトウェア開発でも業界トップを走る。この二本柱が、現在のリングアンドリンクを支えています。

年間5000時間働きながら世の中を知る

 金丸社長の20代は、仕事一色でした。

「起業するんなら年間4000時間は働かなきゃっていうじゃないですか? でも、自分の場合、5000時間は働いていました。23時より前に帰った日は10年間で一日もなく、年間の休みはわずか10日でした」

 もし、がむしゃらに働いていた新入社員時代の自分にアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけるのでしょうか。返ってきたのは、意外な言葉でした。

「『そんなに働くなって』って伝えたいですね。自分がめちゃめちゃ働いていると、みんな同じように働けるみたいな感じになっちゃう。でも、人にはそれぞれの価値観、体質、環境がある。会社はその人が最も効率よく、長くキャリアを築ける働き方を支えるべきだと今は考えています」

 昔の成功体験は、今の時代には役に立たない。その考えは、現在の会社経営にも色濃く反映されています。社員の平均残業時間は月10時間を切り、年間休日は123日。かつて自身が働いていた環境とは真逆の労働環境を整備しています。

 最後に、これから社会に出る若者たちにどんな仲間と一緒に働きたいかを尋ねました。

「昔は起業を考えるような野心のある人が断然好きでした。今は、人それぞれいろいろ価値観があると思っています」

「家族を大切にしたい」でも「趣味の時間を確保したい」でもどんな価値観でもいい。大切なのは、それを自分でしっかりと理解し、周囲に伝えること。そして、どんな形であれ「向上心」を持つことだと金丸社長は強調します。

「向上心がないと、自分でやろうって思わないから、『やらされ』になってしまう。だから辛くなる。だからこそ何かしらの向上心を持ってもらいたいですね」

 自らの人生でそれを体現してきた経営者の言葉は、未来を模索する若者たちの心に強く響くのではないでしょうか。


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