「完璧な発音より伝わる英語」アメリカで大恥をかいた“孫正義の右腕”が5か月で英語の夢を見るようになった学習法
コーチング英会話スクール「TORAIZ(トライズ)」創業者の三木雄信さんは、ソフトバンク時代に「孫正義氏の右腕」として多くの時間を共にした。そこで学んだのは単なる実務スキルではなく、同氏の比類なきリーダーシップや経営哲学であった。
朝から晩まで密着した日々は、まさにかけがえのない時間だったと三木さんは振り返る。今回は、孫正義氏の側近として、身近にいたからこそ見えてきた、希代の経営者の心構えや視座を紐解いていく。
“孫氏の右腕”として過ごしたソフトバンク時代
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── 学生起業家として経験を積まれた三木さんが一度企業へ就職されたのはどのような背景があったのでしょうか?
今でこそ起業は比較的リスクが低く挑戦しやすいですが、当時は本当に“命がけ”でやるしかない時代でした。だからこそ、「もう少し世間というビジネスを見た方がいいな」と考えたのと、実家が建設業に関係していたこともあり、上流工程に関われる三菱地所に入ることにしました。
ただ、自分の夢は社長になることだったので、将来的にはその道に進みたいという気持ちが常にありました。もちろん三菱地所の社長になる可能性があれば、会社に残っていたかもしれませんが、「自分はサラリーマンに向いていない」と感じていたのも事実です。
三菱地所で3年働いて、自分にはサラリーマンが合っていないと気づいたときに、ともに学生時代に起業した孫泰蔵さんに相談したら、(実兄の)孫氏とランチをする機会をもらいました。そのご縁をいただいたことから、25歳でソフトバンクに入社することになったんです。
── ソフトバンクへ転職した後は、孫さんの右腕としてずっと側にいたわけですが、どのような1日を過ごしていましたか?
基本的には朝から晩まで仕事でした。秘書としてカバン持ちも兼ねていたので、朝7時半に孫社長の家の玄関をノックして「おはようございます」と言ったら、そこからすぐ車に乗ってホテルの朝食ミーティングに参加し、その後に会社へ行ってからは夜22時までほぼ休みなくミーティングが続きました。
食事も昼は天津丼、夜は焼肉丼のような簡単なもので、時間があるときに軽く取る程度でした。22時に孫氏が帰宅すると、ホワイトボードのロール紙に書かれたその日の全ミーティング内容が机の上に山積みになっていて、それを「明日の朝までにパワーポイントにまとめておいて」と指示されたものを夜遅くまで作業し、終電で帰宅するというのが日常でしたね。
孫正義氏から学んだ「経営で大切なこと」

──ソフトバンク時代は結構大変だったかと思うんですけど、辛さを感じたことはなかったんですか?
辛いとか全然はなくて、本当に刺激的で楽しかったです。話す相手や議題自体が普通では考えられないような内容ばかりで、それを聞きながらミーティングの内容を社内の誰かに伝えたり、次のミーティングをセッティングしたりしていました。部分的であってもそういった事業の最前線に関われること自体が、大きなやりがいになっていましたね。
── 仕事へのモチベーションという面でいうと「効率化を求めすぎる」といわれがちな昨今の風潮に対して、どうお感じになっていますか?
時間の使い方を“投資”として捉えられるかどうかが大事です。若いうちにさまざまな苦労をすることも、将来への投資だと思えば意味があります。例えば、仕事の後に自由な時間ができたとき、それを学びや成長のために使えば価値のある投資になりますが、ただYouTubeを見て過ごすなど、将来に返ってこないことに時間を使うのは“消費”になってしまいます。
孫氏の秘書として最も重要だったのは、「社長の時間を最大限効率よく使えるようにすること」でした。社長はお金や人などの経営資源を増やすことはできますが、時間だけは増やせません。
24時間しかない時間をどう使うか、それを最大限に意識することが秘書の最重要任務であり、私は今でも自分の時間を最大限効率的に使うよう常に心がけています。
── 孫さんから言われた「この言葉は本当に心に響いた」ものは他にもあるんですか。
ソフトバンクを退職してしばらく経った頃、スタートアップや上場企業の社長たちと一緒に勉強会を開いていました。その中で、「孫氏
から経営者の考え方を直接聞こう」という企画を実施したときに、孫氏が「経営で最も大切なものは何だと思うか」と問いかけました。
ある人が「夢」と答えましたが、孫氏は「夢も大事だが、それ以上に重要なのは“志”だ」と語ったんですね。お金持ちになりたい、大きな会社を作りたいといったものはあくまで個人的な「夢」ですが、「志」は他の人と共有できる夢のこと。これをみんなで共有することで、「ヒト・モノ・カネ・情報」など経営資源が自然と集まってくるわけです。
「経営というのは、経営者の志を中心に周囲の資源を集め、事業を成長させること」という話を聞いて、経営者として大事なのは「夢」ではなく「志」だという教えは、強く心に響きました。
── 孫さんの側近として働いていたからこそ、「他の経営者と大きく違うと感じた点」や「特に印象的だったエピソード」などがあれば教えていただけますか?
孫氏の場合、個人的な欲はほとんどなくて、物欲や贅沢にはあまり関心がないんです。服もTシャツやポロシャツで十分だし、高級な飲食店に行っても自分用に麻婆丼を作ってもらったりするくらい、麻婆丼があれば満足する方なんです。
お酒もあまり飲まないし、女性関係などの私的な欲もほとんどありません。その一方で、会社や事業についての欲は非常に強くて、創業時から「1兆円、2兆円の規模にする」という大きなビジョンを持っていて、全力でそれに向かっています。
そういう意味では、「兆円単位の欲を持つと、逆に無欲になってしまう」のかもしれませんね。立派な家を持っているのはおそらく家族のためで、孫氏個人だけを考えれば物欲がほとんどない。その代わりに「事業を成し遂げたい」という“事業欲”に全力を注いでいるのではないでしょうか。
完璧な発音よりも優先すべき「伝わる英語」

── 三木さんは現在、英語教育をビジネスにしていますが、もともと英会話が得意だったのでしょうか?
いえ、全然でした。ソフトバンクに入った最初の頃は本当に英語で恥をかいたのを覚えています。入社時に「英語は話せますか?」と聞かれたので、「日常会話なら」と適当に答えていたんですね。
しかし、孫氏とアメリカ出張へ行ったときのことです。まずシアトルでは孫氏と一緒にジェフ・ベゾスに会いました。当時はまだアマゾンジャパンもなく、孫氏が「アマゾンジャパンをソフトバンクとジョイントベンチャーでやろう」と熱く話すのを横で聞いて、私は適当に笑ってごまかしていました。
その時は特に問題なかったのですが、次いでYahoo!に行ったときに、なぜか私が話す場面になったんです。そこで、英語が話せないことがバレてしまいました。
当時CEOだったティム・クーグルに「こいつはスキャリーマン(Scary man)だ」と言われたのだけ聞き取れて、もうショックで固まりました。その際に、孫氏は「こいつは英語を話せないけど、バカじゃないんだよ」とフォローしてくれて、なぜか私の弁護までしてくれたんです。
せっかく転職したのに、取り返しのつかないことになる。まさに、この出来事が自分にとって大きな転機になったと思っています。
そこから、「もう英語をやるしかない」と腹をくくりました。ではどうやって学べばいいのかと考えたときに、大きなヒントになったのが、孫氏の英語をすぐ横で聞いていた経験でした。
彼の英語はかなりカタカナ英語ですが、相手の外国人経営者たちは、とても真剣な顔で話を聞いているんですよね。つまり、大事なのは「英語の発音」ではなく「話の中身」だということです。
孫氏が使っている単語や文法自体は中学レベルのもので話しているんですよ。あとは日本のIT業界でもよく使われる外来語を用いながら会話をしているのを見て、「これなら自分でも1年くらいで英語を話せるようになるのでは」と気づいたんです。
発音にこだわる必要はなく、孫氏のように中学レベルの英語を習得するとゴールを設定したら、頭の中が一気に整理されました。
もちろん発音は正しいに越したことはありませんが、「完璧にしよう」と意識しすぎて話せなくなるなら、「伝わる発音」で話すことを優先した方がいいわけです。
「聞ける状態」をつくることが英語習得の近道に
── どのくらいのタイミングで英語が話せるようになりましたか?
学習を始めて5か月くらいの頃に英語で夢を見るようになり、その前後から英語のニュースを聞いていて「英語を聞き取れている」という感覚が突然やってきたんです。そこからリスニングは伸びたものの、すぐにスムーズに話せるようになったわけではなく、実際に話せると実感できるようになったのは10〜11か月くらいのときでした。
その頃になると、少なくとも「自分が何を伝えたいか」というのを英語で準備すれば、十分話せるようになっていました。
そのために大事だと思うのは、話したい内容を事前に“カンニングペーパー”として用意しておくことです。英会話は試験ではありませんから、カンペを見て話してはいけないという理由はありません。
日本語で普通に会話するミーティングでも、自分の話したいことを事前に紙に整理することはありますよね。それと全く同じで、英語でも箇条書きで整理しておけばいいんです。
だから、「話すこと」に関しては、実はあまり心配はいらないんですよ。今は翻訳アプリやAIもありますし、サポート手段はいくらでもあるからこそ、まずは「聞ける」状態を作ることが一番重要なわけで。そこさえできていれば、英語でのコミュニケーションはだいたいなんとかなると思います。
<構成/古田島大介 撮影/林 紘輝>
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Future Leaders Hub 編集部