東日本大震災をきっかけに帰郷…病を乗り越えて家業を継いだ経営者の「世界中の魚ぎらいな子どもをゼロにする」という壮大な挑戦
富山県氷見市に拠点を置く有限会社中村海産は、大正10年(1921年)創業の老舗みりん干しメーカーです。創業以来、「おいしくて、体にやさしいみりん干し」を掲げ、化学調味料・保存料を一切使用しない製品づくりを続けてきました。定置網発祥の地である氷見市から「世界中の魚ぎらいな子どもをゼロにする」という目標を掲げ、伝統的な製法を守りつつ、現代のニーズに合わせた先進設備で安心・安全な食品を提供しています。みりん干しにとどまらず、スイーツなど新たな商品開発にも挑戦し、進化を続ける企業です。
<聞き手=高橋宏輔(学生団体GOAT編集部)>
【長男として家業を継ぐまで】

当初、私は家業を継ぐ予定はありませんでした。三兄弟の長男でしたが、「弟が継げば自分は自由に生きられる」と考えていたのです。高校卒業後は県外で大学・専門学校に通い、関東での就職も経験しました。
しかし26歳のとき、過労が重なり、肺と肺の間に腫瘍が見つかりました。手術後も転移の可能性が否定できず、26〜27歳頃にかけて抗がん剤治療を受け、うつ病も発症。退職し、約2年間は引きこもりに近い生活を送っていました。
転機は2011年、東日本大震災の頃。父から「富山に戻らないか」と声がかかり、療養を目的に帰郷しました。地元で少しずつ体調を取り戻すなか、家族に支えられながら仕事を手伝い始めます。やがて父が60歳になった2016年に「65歳で引退する。5年の準備期間で任せられる体制を整えてほしい」と告げられ、家業に専念する決意を固めました。
以後の5年間は、営業活動や展示会出展など仕事に集中。約束どおり2021年7月に世代交代が実現し、私は社長に就任しました。継ぐ予定のなかった私が病を乗り越え、多くの支えに恵まれて、いまに至ります。
【逆境を乗り越える哲学 ―― 自分との向き合い方】

うつ病から立ち直れたのは、多くの方々の支えのおかげだと実感しています。一方で、当時の上司に対する強い怒りが今も消えないのも事実で、その感情が原動力になっている側面もあります。
私は自分を「まだ未熟だ」と捉えるタイプで、自己肯定感が高いとは言えません。それでも、良いものは良い、悪いものは悪いと、他者にも自分にも率直に伝えられるようになりました。かつての私は、分かっていなくても「分かりました」と答えてしまうところがありましたが、今は恥ずかしがらず本音を語れます。言いたくても言えない人が多い現実に気づき、自分がどん底を経験したからこそ「やるしかない」という覚悟が育ったのだと思います。
【日々の経営課題と未来への挑戦】

経営者は華やかに見られがちですが、実際は困難の連続です。社員の業務配分、目標と結果のギャップをどう埋めるかなど、大小さまざまな課題に向き合っています。
現在の大きな課題は採用強化です。人員は増えつつあるものの、まだ十分とは言えません。事業面では、主力のみりん干し原料である「カラフトシシャモ(※カペリン)」の確保が年々難しくなっています。アイスランドやノルウェーなどからの輸入に依存する魚で、資源の過剰漁獲、海水温上昇、クジラやマグロなど大型魚による捕食の影響で資源量が減少しているためです。
当社売上の7〜8割をカラフトシシャモのみりん干しが占める現状は、会社存続に直結する死活問題です。リスクを最小化するには、代替魚種での新商品を育てるか、みりんに依存しない新規事業を立ち上げる必要があります。課題は多岐にわたりますが、一つずつ確実に前進していきます。
【自律を促す人材育成 ―― 「考える組織」へ】

社会に出る皆さんには、指示待ちに留まらず「自分に付加価値を足せないか」と常に考える姿勢を期待しています。そして何より、「分からないことを分からないと言えること」。どこが・なにが分からないかを言語化することで理解が深まり、成長につながります。
当社でも、自ら考え行動する習慣を重視しています。デジタル施策や情報発信も外部任せにせず、社員自身が主体となって試行錯誤します。AIツールを活用して再生回数の伸ばし方やフックの要素を分析し、議論しながら改善を重ねる。外部に頼れば楽ですが、それでは「考える力」や「解決力」は育ちません。時間をかけて自力で一定レベルに到達すれば、その後は自走できる――そう信じています。社員一人ひとりの自律的な学びと成長が、会社の持続的な強さを生むと考えています。
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