「痛みを翻訳し、希望を具現化する」アトピーを“肌だけの問題に留めない社会”をつくる当事者3人の挑戦
現代を牽引するZ世代は、働くことに何を求め、どのように向き合っているのか。このリレーコラム【Z FACE】では、今注目すべきZ世代自身が「働く」をテーマに自身の考えを展開します。彼らのリアルな声から、多様な価値観が交錯する現代における「働く」の本質を読み解くヒントを見つけ出します。
「働く」をテーマにしたコラムの第7回目は、SkinNotes 代表取締役 竹内悠人さん。アトピー性皮膚炎の当事者でもあるSkinNotes代表の竹内悠人さん。自身の経験から「痛みは生活の設計そのものを変えてしまう」と語ります。数値化しづらく、軽く扱われがちな「翻訳されない痛み」と向き合い、希望を具現化するまでの道のりから、現代社会で見過ごされがちな声に耳を傾けるヒントを探ります。
痛みは、生活の設計を変えてしまう
はじめまして、SkinNotes代表の竹内悠人です。私たちSkinNotesは、立ち上げメンバー3人全員がアトピー性皮膚炎の当事者です。
掻いてはいけないとわかっていても、掻いてしまう。夜に目が覚め、朝は疲れが抜けず、日中の集中力が落ちる。肌の問題は「肌だけ」の話ではなく、睡眠、学業や仕事、人間関係、そして自己肯定感まで巻き込み、生活の設計そのものを変えてしまいます。
当事者として厄介だと感じるのは、痛みが説明しにくいことです。数値で示しづらい。外から見えない日もある。だから、「大げさでは?」と受け取られたり、「我慢しなさい」と軽く流されたりすることもある。すると、痛みは本人の中に閉じ込められ、孤立を生みます。私は、この「翻訳されない痛み」こそが、課題を長期化させる一因だと感じています。
SkinNotesでは、かゆみ抑制を目指した緑茶染めのインナーをはじめ、「着るだけでケアできる」プロダクト開発に取り組んでいます。加えて、当事者や家族が知恵と経験を共有できるコミュニティも運営しています。自分が当事者であることは、活動の理由であると同時に、社会の中で見過ごされやすい痛みを翻訳する責任もあると思っています。
働くとは「痛みを翻訳し、希望を具現化すること」
私にとって働くとは、「痛みを翻訳し、希望を具現化すること」です。ここでいう翻訳とは、言葉にならない痛みを言語化して、共有できる形にすることです。
痛みは、症状そのものだけではありません。「わかっているのに止められない」「人に説明しづらい」「相談しても軽く流される」といった、生活の中で積み上がる摩耗も含みます。
痛みは、時として根性や我慢で片づけられてしまいます。私も親から「かくのを我慢しなさい」と言われて、そこで会話が止まってしまった経験が何度もあります。
でも、痛みは気合いで片づくほど単純ではありません。時間帯、汗や摩擦、環境、ストレス——いくつもの条件が入り交じり、生活の中で増幅していきます。だからこそ、痛みを翻訳して、どんな条件が整えば楽になるのか。その一歩目を具体的な形にして、希望として手渡せるようにしたいと思っています。
本人も気づいていない痛みを、おせっかいで言葉にする

痛みは厄介です。なぜなら、本人ですら自分の課題に気づけないことがあるからです。痛みが日常になると、「仕方ない」「そういうものだ」と、あきらめが標準設定になってしまう。
そこで必要になるのが、いい意味での“おせっかい”です。私はおせっかいを、押しつけではなく翻訳のきっかけだと捉えています。
例えば、「どういう時にかゆくなりますか」「何が一番辛いですか」と聞いてみる。答えがすぐ出なくても、関心を向け続ける。すると「実は夜が一番しんどい」「汗をかいたあとが怖い」「学校や職場で気を張ってしまう」といった、痛みが言葉になります。痛みが言葉になった瞬間、初めて扱える形になります。
ただ、私も最初からできたわけではありません。昔の私は言語化が苦手で、「いいと思います」「なんとなく違和感がある」といった、ふわっとした言葉でしか話せませんでした。頭の中には確かに感覚があるのに、それを相手に渡せる形にできない。「言語化が下手だ」と言われながらも、改善できませんでした。
転機は、課題を自分事として考え始めたことです。当事者、家族、医療者、ものづくりの現場など、さまざまな視点を得る中で、問いが磨かれました。
いつ起きるか、何が困るのか、どうなれば楽になるのか。5W1Hを使いながら分解して捉えると、最初はふわっとした感覚でも、比較可能な言葉に変わっていく。翻訳は才能ではなく、技術になっていきました。
そして、翻訳は一人では完結しません。おせっかいが機能するのは、関係性があるときだけです。
相手が安心して話せる関係、恥ずかしさや諦めを含んだ本音が出せる関係。その関係をつくるために、私は当事者として自分のことを先に話すようにしています。
先にこちらが痛みを差し出すと、「実は自分も」と相手の痛みも言葉になりやすい。痛みは、安心できる空気があって初めて表に出てくるのだと思います。その結果として、私は自然とコミュニティの中に入り、人とのつながりを増やしてきました。
コミュニティは、「痛みを共有し、知恵を交換し、課題を共通言語にする場」です。個人の困りごとが共通言語になると、社会の課題として、はっきり見えるようになっていきます。
個の課題解決が広がると社会課題解決になる。私はそれこそが働く意義だと思っています。
プロダクト化し、循環を回し、社会に還元する

重要なのは、この翻訳から希望を具現化することです。
例えば、「肌に優しい」という言葉は便利ですが曖昧です。だから私たちは、それを素材、縫製、摩擦、汗、洗濯耐性といった要素に分解して扱います。触れた瞬間の快・不快だけでなく、数週間着たらどうか、季節が変わったらどうか、体調が揺れたときにどうか……。アンケートやヒアリングで得た声をもとに改善を重ねていきます。
ここで大切なのは、言い切らない誠実さです。痛みが強い人ほど、「かゆくなくなる」「薬はいらない」「治る・改善する」と、強い断言に救われたくなる。
しかし、現実は単純ではありません。だからこそ、確かさを積み上げ、専門家とも連携し、表現を整える。地味で遅くて面倒な仕事です。でも、この面倒が希望を形にします。
そして、つくって終わりではありません。「届ける⇒使ってもらう⇒声を受け取る⇒改善する⇒届ける⇒……」という循環を回し続けることで、一部の人の「たまたまよかった」が、次の誰かの「よかった」に変わっていきます。
私は、働くという行為を循環として捉えています。希望を具現化するとは、プロダクトを作ることだけではなく、この循環を設計し続けることでもあります。
少し手を伸ばす働き方が当たり前になったとき
また、事業を継続させるためには利益が必要です。ただ、利益は目的ではなく、社会へ還元するための燃料だと考えています。改善投資に回すことも、検証の質を上げることも、関わる人の働きやすさを整えることも還元です。
利益を社会に還元することで、事業も社会も成長する。支え合いの循環が生まれる。私はこの循環を途切れさせないことが、働く上での重要な使命だと思っています。
痛みを翻訳し、希望を具現化する。そのために、いい意味でのおせっかいで常識を壊し、関係を築き、声を集め、形にして手渡す。私はこれからも、この翻訳と具現化を仕事として続けていきます。
見過ごされがちな痛みに、ほんの少し手を伸ばし、言葉にし、形にして手渡す。そんな働き方が当たり前になったとき、私たちの生活と社会は、どんなふうに変わっていくのでしょうか。

Future Leaders Hub 編集部 