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2026.04.14 16:00

「受験は社会に出るための予行演習だ」 大学中退、アジア放浪、自衛隊入隊、公務員転職…“異色の塾経営者”の教育哲学


大学を中退し、アジアを放浪。その後、陸上自衛隊、地方公務員、システムエンジニアを経て、個別指導塾の経営者へ。

異色の経歴を持つ株式会社エス・ジーエデュケーションの扇田昌利代表は、「受験は社会に出るための予行演習だ」と語ります。

25年にわたり塾を運営し、数々の生徒を成功に導いてきた扇田氏。その教育哲学の根幹にある「非認知能力」、そして波乱万丈なキャリアから得た仕事観に迫ります。

25年間生き残ってきたことが答え

他の塾との違いは何か。この問いに、扇田氏は「正直、ほかの塾のことは詳しく知らないから、なんとも言えない」と率直に語り始めます。

扇田氏のキャリアは、日本最大の個別指導塾「明光義塾」のフランチャイズ校から始まりました。新規開校の校舎を任されると、1年目で業績日本一を達成。2年目には千葉でトップ、全国でも2位という驚異的な実績を叩き出します。

「当時、明光義塾に特別なノウハウがあったわけではなかった。かなり独自の塾を、僕が好きな形でやらせてもらっていたんです」

その実績を基に、自身のやりたい形で塾を始めて25年。

「いまだにやれてるんで、まあ生き残ってこれてる。マーケットから信任をいただいているのかなと思うぐらいしか、ほかとの違いって難しいんですよ」

学力では測れない「非認知能力」

扇田氏が長年の指導経験から見出した、生徒の成長を左右する重要な要素。それが、テストの点数などでは測れない「非認知能力」です。

「何万人も卒業生を送り出す中で、伸びた子と伸びなかった子の違いは何か。それは、記憶力や理解力といった変えがたい性能だけではありませんでした」

扇田氏が挙げるのは、困難に直面しても立ち上がれる力「レジリエンス」や、自分を成長させようとする「マインドセット」。そして、自分を客観的に認識する「メタ認知」といった能力です。

中でも、最終的に大きな差を生むのが「グリット」と呼ばれる「やり抜く力」だと断言します。

「この『やり抜く力』を持ってる子が、結果的に成長したし成功している。これはアメリカの有名大学の研究でも重要性が指摘されています」

エス・ジーエデュケーションでは、漠然とした概念だったこの非認知能力を育むプロセスを可視化。日々の指導が将来どうつながっていくのかを、生徒や保護者に丁寧に説明する段階に入っているといいます。

正解のない問題に答えを出す力を身に着ける

同塾が掲げる「合格保証制度」。この自信の裏にも、非認知能力を重視する教育哲学が深く関わっています。

「勉強だけを教えていても、多くの子は伸び悩んでしまう。なぜなら、明確な目標を持っている子は、塾に来る子の2割ぐらいしかいないからです」

なんとなく抱いているイメージを、覚悟と意思を伴った「目標」へと昇華させる。その上で、目標達成までの道のりで必ず訪れるやる気の低下や失敗をどう乗り越え、やり抜いていくか。このプロセスこそが重要だと扇田氏は説きます。

「社会に出たら、目標を与えられてもプロセスは誰も教えてくれない。失敗と挫折を繰り返しながらも挑戦していく力こそが必要なんです。受験はその予行演習みたいなものなんですよ」

AIが進化し、「正解」はコンピューターが導き出す時代。だからこそ、混沌とした世の中で、正解のない問題に自分なりの答えを出していく思考力が求められているのです。

サッカー少年がビジネスに目覚めるまで

「もし今、学生だったらどんな働き方を選びますか」という質問に、「就職活動はしたことがない」と扇田氏は笑います。

大学を1年で中退し、バックパックを背負ってアジアを放浪。そこには、決められたレールを歩むことへの疑問がありました。

10代の頃は、サッカー一筋。高校3年で引退し、心にぽっかり穴が開いたとき、新たな興味の対象となったのが「ビジネス」でした。

「コンビニのアルバイトで、コンサルタントの仕事に触れたんです。通路の幅や棚の高さ、雑誌が窓際に並んでいる理由。すべてが緻密に設計されていることを知り、ビジネスってこんなに面白いんだと衝撃を受けました」

そこからマーケティングやビジネスの本を貪るように読み、いつか自分も何かをやりたい、という想いを強くしていきます。

20代の扇田氏は、さらに多様な経験を重ねます。23歳で陸上自衛隊に入隊。「男を極めたい」という想いから厳しい環境に身を投じ、そこでも優秀な成績を収め「東部方面総監賞」を受賞。その後、地方公務員やシステムエンジニアも経験しました。

「塾の業界で働きたかったけれど、当時は少子化でどんどん塾が潰れていく時代。やりたいけど難しいかな、と一度業界を離れたんです」

しかし、90年代半ばから個別指導のニーズが高まり、業界への復帰を決意。最大手で経験を積むため、明光義塾の門を叩いたのが28歳のときでした。そして、圧倒的な実績を残し、30歳で独立。回り道の末に、天職へとたどり着いたのです。

自分の可能性を信じて挑戦する若者と一緒に働きたい

仕事が楽しいと思えた原点は、小学生時代にまで遡ります。近所のおでん屋台を手伝い、お駄賃をもらった経験。「自分の能力が世の中で通用する」と感じた瞬間でした。

そんな扇田氏が一緒に働きたいと願うのは、どんな若者なのでしょうか。

「自分の可能性を信じて、挑戦する子ですね。若いときは失敗も多いと思うけど、めげずにまた挑戦する。自分の限界を常に超えていこうとするやつは、応援したくなります」

扇田氏自身が「オーバー・ザ・レンジ(殻を破れ)」という言葉を大切にしているように、現状に満足せず、殻を破ろうともがく情熱。それこそが、人を成長させ、未来を切り拓く原動力となるのかもしれません。


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