「敷かれたレールの上を走るのか」葛藤の末に家業を継いだ“118年企業の後継者”の覚悟
「正直、やるしかないかなと思って」
そう静かに自身の決断を振り返るのはピップ株式会社代表取締役社長、松浦由治氏です。医療用品やベビー用品、シニアケア商品の卸売を基盤としながら、「ピップエレキバン」「スリムウォーク」「マグネループ」といった自社ブランドを育て上げてきた同社。
今年で創業118年を迎えるその老舗企業の社長は、最初から経営者の道を迷わず歩んできたわけではありませんでした。
1本がだいぶ太くて、1本が細い「二刀流」

松浦氏の曽祖父は、和歌山の片田舎で薬局を営んでいました。その息子であり、松浦氏の大伯父にあたる人物が、わずか17歳で大阪に出て商売を起こしたのがピップの原点です。
「薬に関係する仕事をやろうと思ったようですが、当時は競合も多かった。だから薬そのものではなく、薬の周りを取り巻く商品を扱うようにしようということで始めたと聞いています。薬局との取引ネットワークを生かし、医療用具という隙間を拓いたその選択が、現代に続く歴史の礎となりました」
現在、同社の売上高は約2200億円、従業員数は約670人。卸売事業という「太い一本」と、自社製品開発・販売という「細い一本」を掛け合わせた二刀流の企業形態を松浦氏自身はこう表現します。
「1本がだいぶ太くて、1本が細い二刀流ではありますが」と苦笑いを交えながらも、その2面からのアプローチこそが、ピップが消費者と向き合い続けてきた方法であると語ります。
生まれたときから「後継者候補」だった葛藤
父親が社長を務め、自分が一人っ子であるという状況。それは言い換えれば、いや応なく後継者候補として意識させられる環境でした。大学に入る以前から松浦氏の中には葛藤があったそうです。
「やりたいことがある。しかし会社を継がなければ、外部の人間に委ねることになる。自分なりにやりたいことはあったので、当初は『敷かれたレールの上を走るのか』と思っていました。いま、振り返ってもかなり葛藤がありましたね。それでも最終的に『やるしかないな』と腹をくくって、大学在学中に会社を継ぐことを決意しました」
卒業後は修行先として関西の企業に4年間勤め、その後渡米。とはいえ、それも自らが望んだ選択ではありませんでした。
「当時の仕入れ先だったアメリカの企業が、日本の卸売業の後継者をアメリカで勉強させるプログラムを設けていて、うちの親(社長)が勝手に申し込んでしまったんです。もう有無を言わさず、行ってこいという感じでした」
英語は長年の苦手科目。大学3年になって一般教養の英語の授業がなくなったとき、「やっと英語ともお別れできる」とほっとしたほどだったとのこと。それが卒業直前にはゼミの教授に英語論文を読まされ、渡米まで決まる。
「現地では、ネイティブの授業についていけない日々が続きました。ただ、外国人に話しかけることへのバリアがなくなったのは確かです。ブロークンイングリッシュでも、コミュニケーションはなんとか取れました」
「素のままを見せられる人」と一緒に上を目指したい

一緒に働きたい人物像について尋ねると、松浦氏の言葉は明快でした。
「元気があって、前向きで、いろんなことに好奇心を持って取り組める人がいいですね。与えられた仕事でも、やらされ感ではなく、どうせやるなら楽しくやろうと思える人と一緒に仕事をしたいです」
さらに加えて、「わからなければ、わからないとちゃんと言える素直さ」を強調します。
「変に自分を作って、よく見せようとするのはよくない。素のままを見せられる人のほうが、お互いに成長できると思うし、一緒に上を目指せる」
自らの20代を振り返っても、その素直さを意識していたという。知ったかぶりをせず、わからなければ聞く。そのシンプルな姿勢が、長い時間の中で人を育てると確信しているようです。
「人生80年、100年時代ですから、いろんな山や谷があるわけです。壁にぶつかっているとしたら、それは試練かもしれないし、自分が真剣に向き合えるチャンスだとも捉えられるはずです。1つ乗り越えられれば自信になるし、次の大きな山が来ても乗り越えられるパワーになる。どんどん壁にぶつかってほしいと思うんです」
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Future Leaders Hub 編集部