「挑戦した結果の敗者にはセカンドチャンスを」女性ITエンジニア育成事業を立ち上げた創業社長の原点
「女性にエンジニアという新キャリアを」をミッションに、女性向けITエンジニア育成事業を展開するMs.Engineer。創業者のやまざきひとみ氏は、女子校育ちの原体験から就職活動で直面した“ジェンダーギャップ”への違和感を原点に新卒でサイバーエージェントへ入社。
挑戦を後押しする組織カルチャーの中で、「打席に立ち続けることの重要性」を学んだという。今回は若手ビジネスパーソンが後悔しない職場選びやキャリアを伸ばしていくための本質的な視点に迫っていく。
女子校育ちだからこそ感じた“社会のギャップ”

── やまざきさんの学生時代について教えてください。
小学校から大学までずっと女子校で育ったため、振り返るとジェンダーバイアスを意識せずに過ごせていたと思います。就職活動をする中で、企業によっては新卒採用における男女比に大きな差があることを知り、強い違和感を覚えました。
やはり自分の能力を発揮し、それをきちんと評価してもらえる環境を選ばないと、「もっと能力を発揮したい」と思ってもできないし、長期的にキャリアを積み重ねていくことも難しい。そういうことは、就職活動をしていた頃から強く感じていたと思います。
── 当時から起業したいと考えていたんでしょうか?
大学時代は、理系の成績が本当に悪かったんですよ。将来、自分が今のようなビジネスに関わるなんて、まったく想像していませんでした。でも、今の仕事では「理系かどうか」ではなく、文系出身の女性たちがテクノロジーやAIの世界でいかに活躍できるかが重要です。自分が理系に苦手意識を持っていたからこそ、女性側の気持ちに寄り添えることが強みだと言えるかもしれません。
── 学生の頃に没頭したことがあれば教えてください。
中学生の頃は宝塚に入団したいと憧れていましたが、バレエの経験がないなどの理由で断念せざるを得ず、それが自分の人生の中で最初に挫折した体験となりました。高校では宝塚のコピーレビュー部という珍しい部活でトップ娘役を務め、その活動にすべてを捧げていました。
そのため、大学ではいわゆる“燃え尽き症候群”のような状態になり、ごく普通の女子大生として、友達と遊んだりしながら過ごしていましたね。
サイバーエージェントで学んだ「ヒットや成功の再現性」

── 新卒ではサイバーエージェントに就職したそうですね。
大学では「これからの人生をどう歩むか」を模索していましたが、ちょうど就職活動をする頃にSNSが流行っていたんです。当時はmixiとかGREEが全盛期で、私自身もすごくハマっていました。
SNSを始めてみると、それまで一緒に遊んでいた友達との世界だけではなくて、自分が知らなかった人たちや、全然違う世界のことを知れるようになって。
その中で、就職活動のコミュニティに参加したことが大きな転機でした。そこには、将来のことを真剣に考え、積極的に就職活動に励む学生たちがいたんです。今まで自分の周りにはいなかった彼らと接するうちに深く刺激を受け、「私もこんな世界で挑戦したい」と感じるようになりました。
そして、そのコミュニティにいた人たちが揃って目指していたのがサイバーエージェントでした。「私も挑戦してみたい」と目標を決めてからは、本気で就職活動に臨みましたね。
── サイバーエージェント時代は、どのような仕事に関わっていましたか。
当時は、日々のちょっとした“ひとりごと”を呟き、ゆるキャラを育てるコミュニティアプリ「きいてよ!ミルチョ」のプロデューサーをしていました。
その頃は「Twitter疲れ」や「SNS疲れ」といった言葉が広がっていたこともあり、「誰もが自由に本音を吐き出せる場所を作ろう」という思いから、ゆるキャラのミルチョを起用したサービスを企画しました。
ユーザーはミルチョに向かってひたすら愚痴を言うことができるほか、ミルチョにたくさん話しかけると、第2形態、第3形態へと変わっていくギミックも入れていました。サービスをリリースしてみたら想像以上にヒットして、最終的には会員数が約150万人に達し、その実績からベストプロデューサー賞を受賞する結果につながったのです。
── 今振り返ると、サイバーエージェントで学んだのはどのようなことでしたか。
サイバーエージェントには実力で評価される環境があり、新規事業を手掛けるカルチャーも強く、「とにかく打席に立たせてもらえた」のは大きかったと思います。私が担当した最も大きな仕事はアバターを動かす「アメーバピグ」で、最終的には会員数1500万人規模まで成長しましたが、その間に失敗した事業やサービスは20近くありました。
それでもサイバーエージェントに在籍した7〜8年の間にいくつかの成功プロジェクトに関われたことで、「ヒットの再現性」を身につけられたのはとても貴重な経験でした。
当時の行動指針に「挑戦した結果の敗者にはセカンドチャンスを」という考えがあり、それが体現された組織だったことは、本当にありがたいことでした。
本当に自分が熱中できる環境かどうかを見極める

── 自身の中で失敗して落ち込んだことはあるんですか?
サイバーエージェント時代は、常に次の“問い”を投げかけられる環境でした。そのため、「失敗すれば叱られる」「うまくいかなければ悲観する」といった感覚はほとんどなく、自分を追い詰めることもありませんでした。
もちろん、業務上のミスをして怒られたことはあります。あるテレビ局との提携の打ち合わせに通っていたとき、社員証をなくしてしまい、その時は本当に強く叱られました。今でも思い出すと少し緊張するくらいです。
ただ、社内では頭ごなしに責められるのではなく「始末書はこう書くんだよ」と、次につながる形でフォローしてもらえました。そういう意味では「失敗した経験を次にどう生かすか」という部分を大事にしてくれる組織だったんだと思います。
── もし20代に戻れるとしたら、どんな働き方をしたいですか。
昔の自分にアドバイスをするなら、会社の規模や肩書きといった“ラベル”だけで判断するのではなく、自分が熱中できそうか、自分にチャンスを与えてくれそうか。そして何より、打席に立たせてくれそうな職場かを本気で突き詰めて、飛び込む環境を選ぶべきだと伝えます。
もちろん、当時の自分はすごくラッキーだったと思います。結果的にサイバーエージェントという環境に入って、たくさんの挑戦をさせてもらえたわけなので、運が良かった部分は間違いなくあります。
ただ、当時の私は大企業に入りたいというよりも「自分が熱中できる環境とはどういう条件なのか」を自分なりに考えていたんです。その結果、サイバーエージェントでかけがえのない経験をさせてもらうことができました。
<構成/古田島大介 撮影/星 亘>
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Future Leaders Hub 編集部