「若いうちは無鉄砲でいい」新たな市場をゼロから育てた起業家が“優秀さより諦めの悪さ”を重視するワケ
アパレル店員として圧倒的な成果を出してきた女性が、28歳で選んだのは未開拓の「レディースオーダースーツ」市場だった。
「Re.muse」を立ち上げた株式会社muse代表取締役の勝友美氏は、あえて手間や不便さの先にある「憧れと体験」を届けることを意識していると話す。
今現在も理想と経営のリアルの狭間で葛藤しながら「100年先も愛されるブランド」を目指しているとのこと。今回は起業の原動力や独自の経営哲学について、勝氏に話を聞いた。
「登りきれない道」を自分で作るために起業を決意

── 25歳でスーツ業界に入り、28歳で起業したきっかけを教えてください。
人が好きなので、経営よりも接客で服を売っているほうが自分には合っていると思うときもありました。でも、「飽きないか」と言われると、正直飽きてしまいますね。
ある程度仕事が簡単にできるようになると、その先の目標が見えなくなります。人は「角度」のある道を進むから、苦しいけれど楽しいと思えるんですよ。
逆に、ただ「楽(らく)」なだけでは面白くないじゃないですか。
今のテーラー業界に来たのも、たまたま求人広告に「スーツ販売」と出てきて、これまで培ったノウハウを活かしつつ、お客様と一緒にオーダースーツを作っていくことに興味が湧いたのがきっかけでした。
特に「これだ!」とか思って入った道でもまったくなく、ただファッションの中で既製服ではない何かをしたかったという浅い理由なんです。
当時は雑誌社の選考も受けていました。
紙面を通じてファッションを届けるか、それとも深い職人の世界に入るかで迷っていたんですが、両者の違いは「目の前にパソコンがあるか、人がいるか」だと思ったんです。それで、私は目の前に人がいてほしかったので、後者のテーラー業界を選びました。
しかし、その当時はファストファッションが台頭し、回転率を上げて効率化を重視する潮流が生まれていました。私は「効率より質」を追求したいし、「ありがとう」と言ってもらえるような人との関わり方を大切にしたいと思っていました。
しかし、ファストファッションの台頭により、オーダースーツ業界でもそうした関わり方は難しくなりつつありました。
「オーダースーツの原点にある価値を、いま一度取り戻さなくてはならない」
その危機感と同時に目を向けたのが「レディースオーダースーツ」の世界でした。その頃は、女性のフィッターは存在したものの、市場としてスケールしていくための土壌が整っていなかったです。だったら、「自分がゼロから立ち上げて、大きく育てていこう」と思ったのが私の起業の原点になりました。
── 何が起業の原動力になったのでしょうか?
自分のパーソナリティを見て、「雇われるのは向いていない」と思ったのが大きいですね。大事なのは「許容できる違和感」と「許容できない違和感」を明確に棲み分けることです。
例えば、経営者になると、自由にお金や時間を使えると思われがちですが、実際にはリスクが増え、責任を負うだけであって、「自由を手に入れる仕組みは誰が作ってくれるのか」というのが現実です。一方で、雇われている時は働いた結果を問わずに毎月固定でお金が入ってくる。
なので、本当にそれがアイデンティティに関わるぐらい我慢ができないことなのか。それとも一時的な感情で愚痴をこぼしているのかを、しっかりと分けて考えるべきなんです。
私は一時的な感情ではなく、「商売をしよう」と決意しました。毎日決まった時間に出社しなければならないことが本当に嫌で、最初に就職した時は「坂」が用意されていても、2~3年で登り切ってしまうと平坦な道になってしまい、そこからは自分に何の負荷もかからない状況が好きではなかった。
そう考えたとき、「登りきれない道」を自分で作らないと、何をやっても途中で諦めてしまうのだろうと気づきました。それが独立して自分の道を歩むという結論に至った理由です。
市場を牽引するのは“憧れ”を作った会社

── 真夏にスーツは売れづらく、カジュアル化が進む中でも、「体験と夢」を提供するコンセプトを続けるのはどのような背景があるのでしょうか?
今みたいに、人と会わずにオンラインで何でも買える時代に、わざわざ行かないといけないという「手間」や「不便さ」がオーダースーツにはあります。でも、この「めんどくさい」と思うのが、逆に「希少価値」につながっていると思っていて。
例えば、バカンスや休暇のとき、人はわざわざ不便な場所へ出かけますよね。田舎の何もない大自然を目指して、車で何時間もかけていくのです。そういう不便なところに行くと、感動するわけじゃないですか。つまり、日常の中で簡単に手に入ってしまうものは「特別」とは呼べません。
その一方で、市場を牽引するのは「憧れ」を作った会社です。私が立ち上げた「Re.muse」は創業以来、「人を自信で包み、生き方に影響を与える」という理念を追求してきました。
着る人の目標や夢を叶える“ヴィクトリースーツ”として、100年先も愛されるブランドであり続けること。
この究極のビジョンを見据えているからこそ、単に服を売るのではなく、「体験と夢」を提供することを何よりも大切にしているのです。
── 「Re.muse」は、憧れを抱くブランドとして育ってきているという実感はありますか?
「いつかヴィクトリースーツを作りたい」と、まだ手にしたことがない方に憧れを抱いてもらうこと自体が、すごく尊いことだと感じていました。そして、それは限られたハイブランド以外には不可能な領域だと思っていたのです。現に当時の私自身も、シャネルやバーキンに強い憧れを抱き、「いつか必ず手に入れたい」と夢見ていた一人でした。
ハイブランドの製品を買うために、私は時間の使い方を変えました。
人生は時間の集積なので、時間の使い方が変わるということは、「その人の人生そのものが変わっている」ということだと思います。買ったこともない、お店に入ったこともないにもかかわらず、「いつか買いたい」と思わせる。
そのようなブランドは、本当にすごい力を持っていると感じるようになりました。
だからこそ、「いつかヴィクトリースーツを着たい」と思ってもらう人を一人でも生み出せたら、それは大きな意味があると考えていました。実際にSNSなどを通じて発信を続けていると、思った以上に早く「いつか作りたい」って言ってくれる人が多くて。中学生や小学生の子どもたち、あるいは親御さんから「この子が大人になったら着せたい」といった声をいただくこともありました。
そして、今では成人式のタイミングなどで実際にスーツを作りに来てくださる方も増えています。当初は自分自身の満足や挑戦のために始めた取り組みでしたが、今ではそのようなお客様の存在がある以上、「事業として存続し続けなければならない」という責任のほうが大きくなっています。
一方で、このビジネスは決して簡単なものではありません。オーダースーツを適正な価格帯で継続的に届けていくことは容易ではなく、小さな組織だからこそできることもあれば、限界もあります。大きな広告投資ができるわけでもなく、日々の発信や積み重ねでしか広げていけないんです。
その意味で外側から見えている華やかなイメージと、実際の現場が直面している難しさとの間には大きなギャップがありますし、決して楽観できる状況ではないというのが正直なところです。
純度を保ちながら結果を出す「経営の難しさ」
── 順調にビジネスが成長していると感じますが、今はどんな悩みが多いんですか?
当時も今も変わらないのは「捉え方がやっぱりすべて」ということです。「どうにかなる」と思えば、結果的にそうなりますし、「もう無理だ」と思ってしまえば、本当にどうにもならないような気がしてしまう。つまり、どんな困難に直面しても、それをどう受け止めるかで結果はまったく異なるわけです。
一方で、悩みの内容は大きく変わりました。30代は頭の中は「事業をどう成長させるか」というように、会社のことばかり考えていました。
しかし、40代になった今は、経営者としてだけでなく、「一人の女性としてどんな活動をしていきたいか」といったことを意識するようになりました。このような“人生観の変化”について、当初はすごく悩みましたね。
── 経営者としてブランドを運営してきた中での「学び」や「気づき」は何かありますか?
20代の頃は「どんな職業に就きたいか」「何をする人になりたいか」を追いかけがちだと思うんですよ。でも、経営側になって感じるのは、どの会社も結局のところ「どうすれば選ばれる存在になれるのか」というのをずっと追求し続けているわけです。
直接スーツを売っていた時は、そのアクション自体に「この仕事で生きている」という手応えがありましたが、経営のレイヤーに近づけば近づくほど、どの会社も本質的な営みは変わらないことに気づいて。
すべてのリーダーが「どうやったら自分の会社が選ばれるのか」を必死に考えているというか、最後は同じ本質的なテーマに帰着するんだなと深く腑に落ちています。
その一方で、経営者の大切な仕事である財務に気を取られすぎると、人が見えなくなってしまいます。目の前のお客様や社員を大切にしたいと思うのに対し、同時に経営者として「やりくりのうまさ」を磨かなければ、利益率は下がってしまう。
いわば心と頭が常に激しくぶつかるような感じというか、「純度」を保ちながら経営者として結果を出すのは本当に難しいと感じています。
行動力こそが“伸びしろ”を大きくする

── 「一緒に働きたい」や「この人は成長する」と感じるのはどんな特徴のある人ですか?
正直に言うと「若いうちは無鉄砲でいい」と思っています。
勉強ができても社会で通用するとは限りません。若いうちは本当に「行動力」がすべてなので、それがなければ質も上がらないんですよ。
会社は若さゆえの“伸びしろ”に投資します。でも、その伸びしろは行動力がなければ育たないわけですね。
振り返ると、私自身もかなり無鉄砲だったと思います。でも、その無鉄砲さがあったからこそ、多くのことを学べたとも感じています。若いうちは多少の失敗や、少し踏み込みすぎるくらいの積極性があってもいいのかもしれません。
人との距離感も、物事との向き合い方も、実際に踏み込んでみなければわからないことがたくさんあります。「ここまで行くと相手に嫌がられる」「ここまでなら歓迎される」といった感覚は、実際に試してみることでしか身につかないので、若い時期は、そうした仮説と検証を繰り返す期間なのではないでしょうか。
私自身も、若い頃はお客様に対して常に全力で向き合っていました。例えば、当時はどれくらい書いたのか覚えていないほど、お客様にたくさんの手紙を書いていました。今だったら、「毎回買うたびに手紙をもらうのはどうなの?」と思われるかもしれませんが、その頃は純粋に、「きっと喜んでもらえる」と信じて行動していました。
つまり、どれだけ純粋な気持ちで挑戦し続けられるか、無鉄砲さを失わずに前へ進めるかが大切だと思います。
── 「出世させたい」と思う人材に求める条件や要素は何ですか?
「プレイヤー」と「監督」では、求められる役割が根本的に異なります。
自分が結果を出すのが得意だからといって、チームに再現性を持たせるのが得意かどうかはまた別の話じゃないですか。管理職の役割は「チームを勝たせること」なので、自分以外の人でも同じ成果を出せるように仕組みを構築することが何より重要になります。
つまり、「与えられた環境の中で結果を出すのが得意な人」と、「成果が生まれる環境そのものを構築するのが得意な人」がいるということです。
また、私が人を見る時に大切にしているのは、能力以上に「継続できる力」です。
入社したばかりの若手が、最初からすぐに成果を出せるわけではありません。だからこそ、壁にぶつかった時に乗り越えられるかどうかは、才能ではなく忍耐力や継続力にかかっていると思うんです。
地道な努力をしっかり積み重ねられる人ほど、長い目で見たら絶対に大きく成長していくんですよね。だから採用でも「どれだけ優秀か」より「簡単に諦めないか」を見ています。
少し不器用でも、粘り強く打席に立ち続けられる“諦めの悪い人”は非常に魅力的で、そういう人は時間をかけて必ず強くなっていくと思います。
<構成/古田島大介 撮影/星 亘>
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Future Leaders Hub 編集部