ホーム>VISIONARY LEADERS>「特許は取ればいいというわけじゃない」弁理士が語る“模倣品に負けない”ブランド戦略の本質
2026.04.20 16:00

「特許は取ればいいというわけじゃない」弁理士が語る“模倣品に負けない”ブランド戦略の本質


「特許は、取ればいいというわけじゃないんですよ」

多くの経営者が事業を守るために求める「特許」。しかし、その本質は単なる権利取得にあるのではないと、弁理士法人井澤特許事務所の井澤幹氏は語ります。

「アイデアが模倣されるのは当たり前」というシビアな現実のなかで、本当に事業を守り、成長させるための「知財戦略」とは何なのでしょうか。

今回は、井澤氏に特許の本当の価値と、その先にあるブランド戦略の重要性について、深くお話を伺いました。

「特許出願中」が強力な抑止力になる

特許権や商標権は、法律により認められた排他的な権利です。通常、市場は自由競争が原則であり、独占禁止法によって独占は厳しく制限されています。しかし、その独占禁止法には例外規定があり、特許や商標は保護されているのです。

「新しい会社を立ち上げるのは、他社がまだやっていないことをやりたいからという事例は多いですよね。そこには必ずアイデアがあります。何年もかけて構想したサービスや商品を世に出した瞬間、他社に一瞬で真似されたら、たまったものではありませんよね」

この模倣を防ぐために、特許が存在します。しかし井澤氏は、特許を「取得する」こと以上に、「出願中」である状態が重要だと指摘します。

「特許を出願すると、他社は『特許になっちゃったら困るから、同じようなサービスを始めるのはやめておこう』と躊躇します。これが『抑止力』になるんです」

これは、北朝鮮とアメリカの関係にも似ていると井澤氏は例えます。

「北朝鮮は自分の核戦力を完全には公開しません。見せてしまえば、アメリカはすぐに対策できてしまうからです。武器を完全に見せないからこそ、脅威であり続けられるのです」

特許も同じです。特許を取得するということは、いわば「自分の武器はこれです」と権利の範囲をすべて公開すること。そうなると、権利範囲が明確になりすぎてしまい、かえって競合他社が対策を立てやすくなるというのです。

「特許出願中であれば、権利範囲を広く書くことができます。どこまでが権利範囲になるかわからないため、他社は手出ししづらい。この期間は3年から5年ほど続きます。この期間を最大限に活用して、自社のブランド力を高めるべきなのです」

特許が切れても、ブランドが市場を守る

では、特許の保護期間が過ぎたら、どうなるのでしょうか。示唆に富むのが「立つ湯たんぽ」の事例です。

この樹脂製の湯たんぽは、底面を平らにしたことで自立できるという画期的なアイデアで特許を取得。ディスプレイのしやすさや収納の便利さなどが受け、年間50万個を売り上げる大ヒット商品となりました。

しかし、特許には期限があります。出願日から最長20年で権利は切れ、誰でも同じものを作れるようになります。

「特許が切れた瞬間、中国が全く同じ形の模倣品を半値で日本に持ち込んできました。取引先のドラッグストアも、安い中国製品に切り替えようとしました

絶体絶命のピンチ。しかし、この会社を救ったのは特許ではなく、「商標」でした。

「『立つ湯たんぽ』という名前は商標登録されていました。そのため、ドラッグストアが中国製品を『立つ湯たんぽ入荷しました』と宣伝した際、すぐに商標権侵害として警告できたのです」

名前を変えざるを得なくなった模倣品は、ユーザーに“偽物感”を与えます。さらに決定打となったのは、製品の品質でした。

「中国製品は形だけを真似し、素材の品質は劣悪でした。熱湯を入れた際に本体がへこんで割れ、やけど事故が起きてしまったのです」

一方で、本物の「立つ湯たんぽ」は、20年間一度もそのような事故を起こしていませんでした。純度の高い良質なポリ素材にこだわっていたからです。

この一件で、「立つ湯たんぽ」は単なる商品名ではなく、「安心・安全のマーク」として消費者に認知されることになりました。結果、ドラッグストアは再びこの会社の製品を扱うようになり、市場を守り抜いたのです。

「これがブランドの力です。同じような商品が世の中にあふれていても、名前が勝っていれば市場は取れる。特許でオンリーワンの期間を作り、その間にブランド力を高めて生き抜く。これが知財戦略の本質です」

寒い冬には下へ下へと根を伸ばせ

弁理士という仕事の魅力は、顧客の未来を共に創っていける点にあると井澤氏は言います。

「我々弁理士のお客さんは『今からこんなことをやりたい』と、とても前向きな方が多い。いつも笑顔で来られるお客さんと未来の話ができるのは、本当に楽しい仕事です」

そんな井澤氏が仕事のやりがいを初めて感じたのは、自身が手掛けた製品を街中で見かけた時でした。それは意外にも「マンホールのふた」だったと、笑顔で語ります。

最後に、これから社会に出る若い世代へ向けて、メッセージをいただきました。

「もっとおっさんと会話したほうがいいですよ」

一見、とっぴに聞こえるこの言葉には、深い意味が込められています。

「僕も若い頃、先輩たちと話すのがすごく面白かった。経験豊富な年長者の話には、たくさんのヒントが詰まっています。変なおやじギャグでさえ、天才的だなと思うことがありますよ」

そして、成果が出ずに悩む若者には、高橋尚子さんが座右の銘にしていたという言葉を贈ります。

「『寒い冬には下へ下へと根を伸ばし、春に大きな花を咲かせよう』。成果が出なくても、それは見えないところで根を伸ばしている最中なんです。経験を積むまでは、焦らずじっくりと根を張ればいい。そうすれば、いつか必ず大きな花が咲くはずです」

目先の権利に一喜一憂するのではなく、その先にあるブランドという名の信頼をいかに築くか。井澤氏の言葉は、変化の激しい時代を生き抜くための、普遍的な指針を示してくれているようでした。


あなたにおすすめの記事